1−2 労災就学援護費事件
H15-9-4 (判時1841-89)労災就学援護費不支給処分取消請求事件 〔中央労基署長(労災就学援護費)事件〕
事案の紹介
本事件を簡単に、荒っぽくまとめますと。
原告Xは夫に先立たれてしまい、次女Aの養育のため、
もともと労働災害補償保険法(労災法)の中にある、労働福祉事業のひとつ、労災就学援護費の受給を受けていました。
そしてAが都内の高校を卒業し、フィリピンの大学に進学することになったので*1、
その旨を希望して「定期報告書」を被告Y(中央労働基準監督署長)に提出したところ、「学校教育法1条に定める学校等ではないため」との理由で援護費不支給決定が下りました。そこで、その決定の取消訴訟(行訴法3条2項) を起こしたのが本件です。
問題点
本件での大きな争点が、本決定の性質が「処分」にあたるのかということです。
そもそも、労災就学援護費というのは、どのような根拠を持っているのでしょうか。
法的仕組みを読み解いて見ましょう。
労災就学援護費事件の構図(なお条文は事件当時のもの) ☆労災法1条:保険給付のみならず遺族の援護をも目的とする 法23条1項:遺族の福祉の増進を図るため労働福祉事業ができる(2号:遺族の就学援護) 2項:各号に掲げる事業の基準は労働省令 で定める ☆労災法施行規則(労働省令)1条3項:労災援護費に関する事務は労働基準監督署長が行う ☆「労働就学援護費の支給について」(労働省労働基準局長通達) :援護費制度は法23条に基づくもの 別添の労災就学援護費支給要綱により、援護費を支給する ☆労災就学援護費支給要綱:要件や具体的支給額を定める 支給を受けようとするものは、労働基準監督署長に申請書を提出 署長は同申請書を受け取ったときは支給不支給を決定し、その旨を通知する
お気づきかと思いますが、上段の労災法(法律)のレベルでは「〜〜できる」としか書いてありません。(授権規定)
具体的に「支給する」という文言や、やり方などは、ヨリ下位のレベルである通達・要綱にしかないのです。
給付は行政処分?契約?
基本的考え方として、以下のことが指摘できると思います。
a)給付行政は契約形式の推定が働く *2
b)通達はそれ自体は行政内部の取り決めであり、私人の権利義務に影響を与えるものではない
+
c)しかし、法律・条例に処分と銘打ってあったり、不服審査手続があるならば、それは立法者が政策的に認めたものであるから、争訟性・処分性を有し、取消訴訟の対象となる(判例・学説一致)
しかし、これを実際の法的仕組みとの対応で考えると、うまくいくでしょうか?
まず、法令に細かい根拠がある場合(保険給付など)については、上記のc)により、取消訴訟の対象になるとされてきました。
また、そもそも要綱にしか根拠がない場合は、上記b)により、単に行政が自分の贈与契約についての規定を自ら作っただけと解され、処分性なしとされてきました。
その点では、本件は中間的な事例だといえます。授権規定はあるものの、細かい受給基準などはすべて要綱のレベル。実はこのタイプについては、下級審でも意見が分かれていました。
東京地裁、東京高裁、最高裁の判断
東京地裁は取消訴訟の訴訟要件である「処分性がない」として、訴え却下*3。
東京高裁もその判断を維持し、控訴棄却としました。
これに対し、最高裁はどうでしょうか。まずは一番上のリンクから、平岡先生のHPに飛んで、理由をお読みください。
・・・読みましたか?
処分性を認めて、破棄差戻になりましたね。東京地裁に「考え直せ」とつき返した、というわけです。
塩野宏先生の最新教科書「行政法Ⅱ(第四版)」100pの表現を引用しますと、「検討の素材とする下位の一連の規定から、最高裁判所が逆算して法的仕組みを認定判断している」とあります。
先に指摘した要綱・通達を最高裁も挙げてますし、そこから「規律力」(合意とは異なり、一方的に行政側が権利関係を規定する力)を読み解いているという点も、塩野先生のご指摘のとおり。
しかし、この解決が妥当でしょうか?と再考するのが、本稿の目的です。
本事案に特有の困った問題
1では3つの最高裁判例を扱うわけですが、共通する処分性の問題のほかにも、この判決は頭の痛い問題を内包しています。*4
この事件、東京地裁は平成10年3月4日*5に、東京高裁は平成11年3月9日に判決を下しているのですが、よく考えてみてください。
行政訴訟でダメなら、なんとかして争いたい・・・そうだ、民事訴訟だ。
というわけで、実は原告、民事訴訟でも出訴してまして、平成14年2月14日付けで判決が下りています。
ちなみに、請求の趣旨は主位的請求が就学援護費の支給、予備的請求が国家賠償としての支払い、選択的請求として「支給契約の申し込みに対する承諾の意思表示」を求めましたが、結果は請求棄却。
学校教育法1条に定めた学校とすることは・・・公教育の実施主体たる法的地位を付与された学校を対象として・・・その就学を援護するということであり、このこと自体には合理性がある
とのこと。
・・・でも、差戻ってことは、同一事件について、もう一回審理することになるの?
これって民事訴訟法142条の二重起訴の禁止に触れないんですか?最高裁?
訴訟物が別、と解することとなるのでしょうが、ふたつの違いは「行政訴訟か、民事訴訟か」しかないんですよね。これって142条の目的たる「2重の応訴を強いられる被告の負担、および重複する審理や相矛盾する審判を避ける公の利益」*6に反しないのでしょうか。
参考文献(判例評釈)
上記最高裁判決について
「時の判例 労働法」嵩 さやか 法学教室283号104p(2004)
東京地裁判決(行政事件)について
「動向 社会保障判例」堀 勝洋 季刊社会保障研究 35巻1号(1999)96p
「労災就学援護費支給打切り決定の処分性」下井 康史 別冊ジュリスト153号(社会保障法百選(第3版)(2000)124p、61事件)
東京地裁判決(民事訴訟)について
「労災就学援護費の支給決定に関する行政決定の合法性」水島 郁子民商法雑誌126巻6号81p民商法雑誌128巻6号(2003)821p
はてな外の読者のかたから引用の誤記の訂正メールをいただきました。ありがとうございました。(8月29日追記)