1−1 判決からはじめる意義、この判決を挙げる意義

予告にて判決を三つ挙げたのには大きな理由と個別的な、テーマ固有の理由があります。

まず大きな理由から。
まだ行政法の勉強を始めてから1年と3ヶ月しかたっていない私の意見にすぎませんが、
行政法においては他の実定法科目に比して判例の重要性が高いと思うからです。
別に判例に従え、といっているわけではありません。


ひとつは、抽象化できないほどの事案の複雑さ、条文の不案内さです。
民法で習うような判例なら使う条文はせいぜい民法、民訴法、民事執行法、ときどき不動産登記法とか借地借家法とか消費者契約法とか仮登記担保法*1とか出てきますが、せいぜいそれくらいですよね。しかし、行政法においては事案の数だけ個別条文があるといっても過言ではありません。そのため、「知っている条文が出る」のではなく、「へえ、こういう条文があるんだ」ということになりがちです。もちろん行訴法、行政不服審査法、行政手続法、地方自治法土地収用法など知ってしかるべき条文もあるのですが、これから挙げる判決で問題になるような条文は労働者災害保険補償法*2食品衛生法関税法、医療法、健康保険法*3と、バラエティに富んでいます。
これらの法律や規則が入っているからこそ、「小六法は全然小さくない」ということになるわけです。*4
このような状態では、判決にあたることで個別の条文にふれてみること自体も大切な理解の助けになります。
また、いまひとつは、行政法の総論は不服審査法・訴訟法と深く結びついた概念が多いのです。たとえばこの連載で問題にしている処分性と行政行為の関係はまさにその代表格でしょう。実は未だに「行政行為ってなに?」って言われると説明に苦慮します。
このようなとき、それぞれ総論の教科書を読む、訴訟法の教科書を読むだけでは足りず、そんな教科書的理解の分断もへったくれもない実際の事案を眺めて見るのが一番の近道ではないか、というわけです。


そして小さな理由*5・・・このテーマと3判決の関連性について述べてみたいと思います。*6
予告でも「3つの判決すべてが最高裁が処分性を肯定した事案」と書きました。さらに付け加えると、「原審がすべて処分性を否定していたのにもかかわらず」という共通点があります。つまり、高裁と最高裁において、処分性の概念において明らかな対立があるのです。これは、近時における処分性の限界事例であるということでもあり、後に述べる「処分性拡大判決群」の表れであるともいえます。


また、どうして高裁が処分性を否定したかを3つの判決に共通するかたちで切り出してみましょう。3つとも、問題になっている行政活動は法律に直接の根拠があるものではありませんでした。通達や通告という、本来であれば行政の内部基準であるものが直接の根拠となっている行動なのです。法律上のみを見る限りでは、問題になる行政活動には根拠がなかったり、次の不利益処分に繋がらなかったりします。しかしながら、「仕組みにかんがみれば」や、通達を前提とした法律の解釈を行ったり、「相当程度の確実さをもって」などとして最高裁はそのつながりと処分性とを認めました。


これから個別事例の紹介に入りますが、上記の視点を持ちつつ、さらに個別事例ごとに問題を抱え込んでいますので、その点にも注目しながら、読んでみて下さい。

*1:これはさすがにレアか

*2:これは労働法を履修した場合は知ってる条文に入るかもしれません

*3:こちらも社会保障法をやってれば知ってる条文になるでしょう

*4:学部レベルで小六法が必要な科目は、すべて広い意味での行政法です

*5:いや、小さくないな・・・

*6:一応、行政法未修の方は、教科書の「処分性」というところをざっと読みしたほうがいいかもしれません。ざっくり説明すると、処分性がある=行訴法3条2項にあたり、取消訴訟というスタイルの訴訟を提起できる、ということです。